“In fact, it will be shown that loudspeakers are the single most important element in sound reproduction. Electronic devices, analog and digital, are also in signal paths, but it is not difficult to demonstrate that in competently designed products, and effects they may have are small if they are not driven into gross distortion or clipping.”
(Dr. Floyd E. Toole: “SOUND REPRODUCTION”, p.16)
「実際、スピーカーが音響再生において最も重要な唯一の部分であることを示せる。アナログ、デジタルを問わず、電子機器も信号経路に含まれるが、適切に設計された製品であれば、その影響は小さいことを実証することは難しくない。」
音響心理学者であるトゥール博士のこの言葉は、私の経験と一致します。スピーカーの機種または配置を変えると、音は大きく変わることに気づきます。しかしDACやアンプ(ましてやケーブル)を変えても、スピーカーの音量を揃える限り、電子機器の違いを指摘することは(私には)困難です。古い真空管アンプや、著しく歪みやノイズが大きい欠陥アンプの違いは分かる場合がありますが、私には適切に設計された現代のアンプの違いを聴き分けることはできません。
そこで歪率が大きく異なる3種類のアンプを用い、同じスピーカーで周波数特性と歪率を定性的に測定してみました。測定結果に、どの程度の差がでるでしょう?
1. 測定装置
- ADコンバーター:Cosmos ADC
- アンプ測定用ダミー負荷:4Ω抵抗/電力容量200W x 2 (アンプの各チャネルごとに)
- デジタルアンプ測定用ローパスフィルター:自作LPF
- スピーカー測定用マイク:miniDSP UMIK-1
- 計測ソフト:Room EQ Wizard (REW) Pro
2. 測定した機器
DAC: TOPPING D30Pro. 以下はAudio Science ReviewのAmirさんによるレビュー:
https://www.audiosciencereview.com/forum/index.php?threads/topping-d30pro-review-balanced-dac.20259/
SINAD = 120dB (THD+N = 0.0001%)の高性能DAC。アンプのノイズと歪みに影響を与えません。すべての測定に使用。
スピーカー: Revel M105. 以下はAudio Science ReviewのAmirさんによるレビュー:
Revel M105は周波数特性がフラットで低歪みの理想的なスピーカーです。アンプの違いが判りやすいと思います。Rvel M105の公称インピーダンスは8Ω、最小インピーダンスは3.8Ω、1kHzでのインピーダンスは10Ωです。感度は86dB (2.83V/1m)。2.83Vrmsでインピーダンス10Ωだとアンプ出力は0.8Wになります。出力0.8Wで1mの距離で86dB、2mの距離で80dBの音量になります。
アンプ1: Marantz NR1200. 以下は私が書いたレビュー:
アンプ2: TOPPING MX3s. 以下はスペック:
https://www.toppingaudio.com/product-item/mx3s
TOPPING MX3sは Low Gain と High Gainのモードがありますが、Low Gainモードで測定しました。
アンプ3: Sylph-D100 P02. 以下は私が書いたレビュー:
3. アンプ自体の性能
図1: FFT Spectrum @1kHz 5W / 4Ω
スピーカーからの出力を比較する前に、ダミー負荷を使ってアンプ自体の性能を比較してみました。図1は1kHzの信号を5Wの出力で4Ωの抵抗に入れたものです。クリックすると拡大するので詳細を確認できます。左上にTHD+Nの逆数であるSINAD(逆数なので大きいほどノイズと歪みが小さい)と、全高調波歪(THD)、2次歪、3次歪の表を貼り付けましたので比較してください。
Marantz NR1200(赤)は、並レベルの歪と主電源の漏れが見られます。TOPPING MX3s(緑)は歪は小さいですが、ノイズフロアが高いようです。Sylph-D100 P02(青)は歪・ノイズフロア共に低く優秀なアンプです。5WでSINAD 101dB (THD+N = 0.009%)というのはアンプとしては超優秀です。
図2: THD+N vs Power (4Ω)
5Wというのは大きめな音量でスピーカーを十分に駆動しますからアンプの性能測定には適切な出力です。しかし私は通常、もっと小さい音量で聴きます。2m離れて80dB SPL未満で聞きますので、Revel M105の能率とインピーダンスから計算すると、1kHzでは0.8Ω、最大でも各チャネル2W以下でしょう。
図2は100mWからアンプの最大出力までのTHD+Nを比較したものです。カーソルは1Wの位置に置いてあります。日常的に聞くであろう1W程度の出力では、THD+NはNR1200の-66dBから、Sylph-D100の-95dBの開きがあることが読み取れます。
すべての図はクリックすると拡大するので詳細を確認できます。
図3: THD vs Power (4Ω)
THD+N vs Powerのグラフは左肩上りになっています。なぜならノイズレベルは同じでも、信号のレベルが小さくなるほど相対的には信号に対するTHD+Nの割合(%)が上がるからです。
左の図はN(ノイズ)を除外し、高調波歪だけのTHD vs Powerの図です。MX3sとSylph-D100は必ずしも左肩上がりではありません。しかしNR1200はTHD+Nと同じく左肩上りになっています。これはNR1200の歪みは信号のレベルに応じて小さくならないことを示しています。このグラフはTHDですから分かりませんが、NR1200のレビューを見ていただくと、特に3次歪みが大きく影響していることが分かります。
カーソルは1Wの位置に置いてあります。THDはNR1200の-67dBからSylph-D100の-111dBの開きがあることがわかります。3種類のアンプはノイズと歪みにおいて大きな差があることが示せたと思います。なお周波数特性はいずれのアンプも基本的にフラットです。出力インピーダンス(ダンピングファクター)も3機種とも問題ありません。
4. スピーカの測定
図4: REW "Make a measurement"
それではノイズと歪みにおいて、これだけの差がある3種類のアンプでスピーカーを駆動したときに、スピーカー出力にどの程度の差がでるか測定してみましょう。
測定の準備としてREWの "Make a measurement"画面で音圧を揃えます。
https://www.roomeqwizard.com/help/help_en-GB/html/makingmeasurements.html
スピーカーから 1m 離れた位置にキャリブレーション済の測定用マイクを置き、各プリアンプのボリュームで調整し、音圧を80 dB SPLに調整します。
図5: 周波数特性 音圧 (dB SPL) vs 周波数 (Hz)
測定誤差(または測定毎のバラツキ)とアンプによる差が区別できるように各アンプとも3回測定しました(Take1, Take2, Take3)。
図5は周波数特性です。特性カーブにはREWのVariable smoothingを適応しています。 カーソルは1kHz, 80dB SPL(設定した音圧)に置きました。
無響室ではなく自宅のリビングで測定しましたので、200Hz以下の周波数帯には定在波が見られます。それは無視して3つのアンプの違いに注目ください。
3種類のアンプとも周波数特性はフラットなので当然ですが、スピーカー出力の周波数特性に可聴なレベルの差異は見られません。
図6: 全高調波歪率 (%) vs 周波数 (Hz)
次に全高調波歪率(2次歪から9次歪の合計の信号に対する割合% = THD %)の差を見ます。
図6はTHD % vs 周波数(Hz)です。カーソルの縦軸は1%に置きました。1%より小さい歪みは多くの人には聞き取れません。カーソルを置いた横軸220Hzの箇所だけ少しアンプによる差があります。The Shlph-D100のTHDは1%未満です (-42dB または 0.8%)。しかしNR1200 と MX3sは1%以上あります(-37dB または 1.4%)。差は5dB程度です。
図7: 全高調波歪 (dB SPL) vs 周波数 (Hz)
図7は図6と同じデータですが、縦軸を信号に対する割合 (%) から絶対音圧 (dB SPL) に変えました。カーソルは 1kHz, 40dB SPLに置きました。40dB SPLは図書館内と同じ程度の音圧です。静かな図書館では本のページをめくる音も聞こえるかも知れません。しかし80dB SPLで音楽を再生中は、ほとんどの人には40dB SPL以下の音は聞こえません。
220HzのTHDを見てみると、40dBより下です。NR1200とSylph-D100の歪みの違いが判るか?以前に、ほとんどの人はどちらの歪みも聞こえないと思います。
全体にNR1200の歪みが最も大きいようですが、その差はわずかです。あるいは200Hz以上の周波数では歪みは40dB SPL以下です。
5. 結論
私はスピーカーの音を主観的に聞き比べてもアンプによる違いは判りませんでしたが、客観的に測定すると違いが(グラフ上では)見えました。しかし並のアンプと、超優秀なアンプの差は小さく、ほとんどの人には違いを聞き分けられないと思います。考えてみれば当然で、歪率1%以下のスピーカーは優秀ですが、並のアンプでもスペックは歪率0.1%未満です。アンプの歪みがスピーカーの歪みに影響するとは考えにくい上、人間の耳は歪みに鈍感です。また現代のアンプのほとんどは周波数特性はほぼフラットで、ダンピングファクターは100以上です。トゥール博士の言葉通り、適切に設計されたアンプであれば、その影響は小さいです。
もちろん、重大な欠陥(クリッピング、著しいノイズや歪み、フラットでないFR、チャンネル間のレベル不一致など)があるアンプは避けるべきですが、エントリークラスの並のアンプでも十分に機能します。重大な欠陥は音楽を聴く妨げになりますが、小さな違いは音楽の楽しみを奪うものではありません。最も影響が大きいのはスピーカーとその配置です。それ以外の電子機器に神経質になるよりも、音楽を楽しみましょう😀。
私は、多くの人が既に知っている事実を再検証しただけでしょう。しかし、この実験結果が参考になれば幸いです。
なお、どのようなスピーカーが良いか?どのようにスピーカーを選ぶか?は「オーディオ超入門」をご覧ください。
このブログの内容は Audio Science Review (ASR) にも投稿しました(英文)。興味のある方は、そちら投稿へのASRメンバーのコメントもご覧ください。
How amplifiers affect how speakers sound?